人の気持ちを推測したり、最悪の未来を考えて不安になったり……。
考えすぎて疲れてしまうのは、脳が正常に「想像力」を使っている証拠でもあります。
この記事では、「考えないようにする」のではなく、「想像力に飲み込まれないための仕組みと整理術」をお話しします。
読み終えたあと、他人の反応や漠然とした不安に対して、少しだけ冷静に距離を置けるようになっているはずです。
前回、手術や入院を経験したことで、以前より他人の痛みや不安を少し具体的に想像できるようになった、ということを書きました。
経験したから、その人の気持ちが分かるようになったわけではありません。
ただ、自分の中に、想像するための材料がひとつ増えた。
そんな感覚でした。
そこで、少し気になりました。
そもそも、想像するというのはどういうことなのだろう。
私たちは毎日のように、まだ起きていない未来を想像し、他人の気持ちを想像し、分からないところを頭の中で補っています。
そして、その想像に助けられることもあれば、その想像によって苦しくなることもあります。
今回は、そんな想像力について少し考えてみたいと思います。
なぜ人は想像するのか?想像力の材料は自分の「経験と記憶」
想像は、何もないところから生まれるわけではありません。
これまで見たもの。
聞いたもの。
知ったこと。
記憶していること。
そして、自分自身が経験したこと。
そうしたものが材料になって、私たちはまだ経験していないことまで想像します。
今回の入院もそうでした。
自分自身が痛みや不安、身体が思うように動かない感覚を経験したことで、それまでより少しだけ、他人の痛みや不自由さを具体的に想像できるようになりました。
経験したから分かるのではない。
ただ、想像するための材料が増えた。
それだけなのだと思います。
経験が増えると「想像の解像度」が上がり、見たくない怖さも生まれる
ただ、これは必ずしも心地よいことばかりではありませんでした。
今回、自分なりの痛みや身体の不自由さを経験してから、逆に怖くなったことがあります。
これでも、こんなに痛い。
では、もっと大きな怪我ならどうなのだろう。
もっと大きな手術なら。
身体の自由を何週間も、何か月も失うとしたら。
痛みや不安が長く続くとしたら。
以前なら「きっと大変なんだろうな」で終わっていたことを、自分の経験を基準にして少し具体的に想像できるようになってしまった。
そして怖いのは、
自分が想像できているこの先にも、まだ自分には想像できない痛みや苦しみがあるのだろう
とまで思えてしまうことです。
経験によって、痛みや不安についての材料が増えた。
その分、想像の解像度も少し上がった。
すると、まだ経験したことのない痛みまで、輪郭だけが想像の端に現れる。
経験は、想像できる世界を広げます。
でも、広がった世界には、見たくなかったものまで見えることがあります。
人間が「分からない不安」を想像で埋めてしまう理由
人間は、目の前にある情報だけで生きているわけではありません。
この先に何が起きるのか。
相手は何を考えているのか。
この出来事はどうなるのか。
分からないところを、経験や記憶を使って推測します。
未来を先回りして考えたり、他人の気持ちを推測したりすることは、人間が生きていくうえで、とても役に立つ能力だったのでしょう。
だから、「想像するのをやめよう」と思っても、そう簡単にはいかない。
分からないところがあれば、頭は何かで埋めようとします。
想像を止めることより、その想像をどう扱うか。
その方が現実的なのかもしれません。
返事が来ない・失敗が怖い…想像力が「まだ存在しない苦しみ」を作る
たとえば、送ったメッセージに返事が来ない。
起きている事実は、
「返事が来ていない」
それだけです。
ところが頭の中では、その先が始まります。
怒っているのかな。
何か悪いことを言ったかな。
嫌われたのかな。
未来についても同じです。
仕事で問題が起きれば、
もっと悪くなるかもしれない。
失敗するかもしれない。
取り返しがつかなくなるかもしれない。
まだ起きていないことまで、頭の中ではかなり具体的に作ることができます。
想像力は、危険に備えたり、他人を理解したりするためには便利です。
でも同じ能力で、まだ存在していない苦しみまで作ることもできる。
「あの人は怒っている」は事実か?想像と現実を分ける思考法
「あの人は怒っているかもしれない」
これは想像です。
ところが、何度も考えているうちに、
「あの人は怒っている」
に変わることがあります。
さらに、
「だから自分は嫌われている」
まで進む。
でも、本当のところはまだ分かりません。
忙しいだけかもしれない。
疲れているのかもしれない。
返事を考えているのかもしれない。
苦しくなっているとき、
自分は現実に苦しんでいるのか。
それとも、自分が想像した現実に苦しんでいるのか。
そこを少し分けて考えてみてもいいのかもしれません。
考えすぎを防ぐコツ|「ひとつの想像」を「いくつかの可能性」に変える
では、悪い想像をしないようにすればいいのか。
たぶん、それも簡単ではありません。
だったら、無理に止めなくてもいい。
もう一つ想像してみる。
「あの人は自分を嫌っているかもしれない」
そう思ったら、
「忙しいだけかもしれない」
も並べてみる。
「この先うまくいかないかもしれない」
と思ったら、
「意外とうまくいくかもしれない」
も置いてみる。
どちらが正しいかは分かりません。
それでいい。
正解を当てるためではなく、ひとつだった可能性を二つ、三つに戻すためです。
ひとつの想像は、思い込みになりやすい。
いくつかの想像は、可能性になる。
悪い未来を否定する必要はありません。
ただ、それだけを唯一の未来にしない。
想像力に飲み込まれないために、もう一つ想像する。
それくらいでいいのだと思います。
どれだけ考えても「他人の気持ち」は完全には分からない
人間関係では、さらにもう一つ難しいことがあります。
どれだけ想像しても、他人が本当は何を考えているのかは完全には分からないということです。
相手の立場を考える。
傷ついていないか考える。
どう受け取られたか考える。
それは、人間関係を作るうえで大切なことです。
でも、
想像できることと、分かることは違う。
いくら考えても、最後のところは相手の中にしかありません。
そこには、自分には入れない領域があります。
他人の反応まで抱え込まない「自分と他人の境界線(課題の分離)」
だからといって、
「他人のことなんて気にしなければいい」
ではありません。
そんなふうに簡単に割り切れないから、人は悩みます。
自分にできることを考える。
必要なら聞く。
悪かったと思えば謝る。
できるだけ誠実に話す。
そこまでは自分にできる。
でも、そのあと相手がどう受け取るか。
何を考えるか。
どんな感情を持つか。
そこまでは自分には決められません。
「ここから先は、自分には分からないところだ」
そう線を引く。
これは冷たさでも、諦めでもありません。
自分にできることと、できないことを整理する。
アドラー心理学でいう「課題の分離」にも近い考え方です。
強く割り切るためではなく、抱えなくてもいいものまで抱え込まないための整理です。
人間の仕組みを知り、苦しさを100から80に減らす思考の整理
人間は想像します。
未来を想像する。
他人の気持ちを想像する。
分からないところを、自分の経験や記憶を使って補う。
その力は、人間にとって大切なものです。
だから、悪い想像をしてしまう自分をなくす必要はありません。
ただ、
「これはいま、自分が想像していることだ」
「まだ事実ではない」
「ほかの可能性もある」
「そして最後のところは、自分には分からない」
そう整理できるだけで、少し距離ができることがあります。
人間の仕組みを知ったからといって、悩まなくなるわけではありません。
相手の反応が気になることもある。
悪い未来を想像することもある。
それでも、100あった苦しさが80になることがある。
95になるだけかもしれない。
それでもいい。
何も気にしない人になる必要はありません。
想像を止める必要もありません。
想像したものを事実にしない。
もう一つの可能性を置いてみる。
それでも分からないものは、分からないものとして置いておく。
そのくらいの整理で、生きることが少し軽くなるなら。
それで十分なのだと思います。
考えすぎて頭が重いときや、文字を読むこと自体に疲れてしまっているときは、目を閉じて「聴く読書」に切り替えてみるのもおすすめです。
自分の頭の中の思考から少し距離を置き、客観的な音声に耳を傾けることで、思考のループから抜け出しやすくなることがあります。
ココロや脳の仕組み、思考の整理に関する本も多数揃っているので、気になる方は試してみてください。
Re:Trader ─ トレードからはじまる行動と心理のノートをもっと見る
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