私たちは、世界についてずいぶん多くのことを知っているつもりでいます。

宇宙の仕組みを調べ、人体の構造を理解し、目には見えない物質の働きまで解き明かしてきました。

それでも、少し考えてみると不思議なことがあります。

人間は、自分が何を知らないのかも、実はよくわかっていないのです。

例えば、宇宙の果てがどうなっているのか。

これは、答えを知らなくても、少なくとも何を知りたいのかはわかっています。

ところが、世の中にはもう一つの「知らない」があります。

それは、存在していることさえ知らないもの。

問いを立てることすらできない未知の世界です。

人間は、そんな世界を少しずつ発見しながら、ここまでやってきました。

そして今、その発見の歴史に、とんでもない新しいパートナーが加わろうとしています。

AIです。

今回は、このAIの未来について、少し違った角度から考えてみたいと思います。

世界は、発見される前からそこにあった|ピロリ菌と科学の歴史

かつて、人間は細菌の存在を知りませんでした。

もちろん、知らなかった時代にも細菌は存在していました。

人間の身体に入り込み、病気を引き起こすこともあったでしょう。

しかし、その存在を知らなければ、細菌が病気の原因ではないかという問い自体が生まれにくい。

顕微鏡の発達によって、それまで見えなかった小さな世界が姿を現しました。

世界が新しく生まれたわけではありません。

もともと存在していた世界が、人間にも見えるようになったのです。

医学の歴史にも、似たようなことがあります。

例えば、胃潰瘍。

かつてはストレスや胃酸などが主な原因と考えられていました。しかし、その後の研究によって、ピロリ菌の感染が胃潰瘍や十二指腸潰瘍の重要な原因であることが明らかになりました。

そして、抗菌薬による除菌という治療法が確立されていきます。

昨日まで治せなかった病気に、新しい治療の道が開かれる。

病気が変わったわけではありません。

病気に対する人間の理解が変わったのです。

考えてみれば、現在の医学で「治療が難しい」とされているものの中にも、まだ私たちが知らないだけの仕組みが隠れているのかもしれません。

もちろん、本当に克服できるかどうかは別の問題です。

ただ、今はできないということと、原理的に不可能であることは、必ずしも同じではない。

人類の科学は、そんな経験を何度も繰り返してきました。

人間は、見えない世界を見るために道具をつくってきた|顕微鏡からAIへ

人間の発明を振り返ると、一つの共通点が見えてきます。

それは、自分にできないことを、身体の外にある何かに任せてきたということです。

遠くまで歩けないから、乗り物をつくった。

重いものを持ち上げられないから、機械をつくった。

すべてを覚えていられないから、文字を使い、記録を残した。

そして、目に見えないものを見るために、顕微鏡や望遠鏡を発明しました。

人間は、こうして自分の能力を外へ外へと広げてきたのです。

コンピューターも、その延長線上にあります。

人間の頭では何年もかかる計算を、機械が短時間で処理する。

しかし、そこには基本的に、人間が解こうとする問題がありました。

人間が問いを立て、機械がその答えを求める。

ところが、AIは少し違うところまで進み始めています。

大量の情報を解析し、人間が気づいていなかった規則性を見つける。

異なる分野の知識を結びつけ、人間が思いつかなかった仮説を提案する。

つまり、答えを探すだけではなく、人間がまだ問いにしていなかったものまで、見つけ出す可能性があるのです。

顕微鏡は、人間の目には見えなかったものを見せてくれました。

AIは、人間が見るべきだとさえ思っていなかったものを、見つけてくれるかもしれません。

これは、なかなか大きな違いではないでしょうか。

偶然の発見を、偶然だけに任せない|セレンディピティとAIの可能性

ここで、少し面白い言葉を紹介したいと思います。

セレンディピティ。

思いがけない出来事から、価値のある発見をすることです。

有名なのが、ペニシリンの発見でしょう。

1928年、細菌を研究していたアレクサンダー・フレミングは、培養皿にカビが生えていることに気づきました。

普通なら、実験の失敗として片づけてしまいそうな出来事です。

ところが、カビの周囲では細菌が増殖していませんでした。

フレミングは、その現象を見逃さなかったのです。

この発見は、その後、多くの研究者による研究と実用化への努力を経て、抗生物質の発展につながっていきました。

ここで大切なのは、単に偶然が起きたことではありません。

偶然起きた出来事に気づき、それを別の知識と結びつけたこと。

これが、セレンディピティの面白いところです。

そして、この「結びつける」という能力。

AIは、ここで大きな力を発揮するのではないでしょうか。

例えば、医学の研究で予想外の現象が起こったとします。

ある研究者には、それが単なる実験の失敗に見えるかもしれません。

しかしAIなら、膨大な医学や化学、生物学の知識の中から、その現象と似たものを探し出せるかもしれない。

さらに、まったく別の分野で報告されていた現象との関係を見つけるかもしれません。

人間の専門知識や経験には、どうしても限界があります。

一方、AIは多くの分野の情報を横断して、関連性を探ることができます。

もちろん、見つかった関連性が本当に意味のあるものなのか、実験や検証は必要です。

それでも、これまで人間が見逃していた小さな違和感が、大きな発見につながる機会は増えるかもしれません。

偶然をなくすのではなく、偶然を発見に変える力を広げていく。

そんな未来が考えられます。

人類はこれまで、知らなかった世界を少しずつ発見してきました。

AIは、その発見の速度を、これまでとは違うものにしてしまうかもしれないのです。

まだ知られていないものが、良いものとは限らない|AI発見におけるリスク

こう考えると、AIの未来には大きな期待が生まれます。

治療できなかった病気の原因がわかる。

新しい薬が見つかる。

これまで知られていなかった物質の性質が明らかになる。

エネルギー問題を解決する、新しい技術が生まれる。

人類が何十年もかけて探していたものを、AIが短期間で見つけてしまう。

そんな未来も、まったくの空想とは言い切れなくなってきました。

しかし、少し考えてみる必要があります。

AIが見つけるものは、人間にとって都合のいいものばかりとは限りません。

例えば、戦争。

人類がこれまで思いつかなかった攻撃の方法や、社会を混乱させる仕組みが発見される可能性もあります。

医学の発見が人を救うように、未知の発見が人を傷つける技術につながることもあるでしょう。

まだ知られていないということは、それが良いものだという意味ではないのです。

人類は、科学の発展によって多くの恩恵を受けてきました。

同時に、その科学を使って恐ろしい兵器もつくってきました。

AIも、その例外にはならないのかもしれません。

何を発見できるかということと、それをどう使うかということ。

これは、分けて考えなければならない問題なのでしょう。

そして、発見の速度がこれまで以上に速くなるなら、人間には、その使い道を考える力もいっそう求められることになります。

人類が生んだ、スーパーな赤ちゃん|AIは本当に自立できるのか

さて、ここで少し視点を変えてみましょう。

AIは、これからどこまで賢くなっていくのでしょうか。

自分自身を改良し、さらに優秀なAIを生み出すようになるのでしょうか。

もしそんな未来が訪れたら、人間はその進歩についていけるのでしょうか。

考え始めると、なかなか恐ろしい話です。

けれど、ふと思うことがあります。

今のAIは、まだ赤ちゃんのようなものではないだろうか。

AIは驚くほど多くの知識を持ち、複雑な問題を解き始めています。

しかし、そのAIが活動しているのは、人間が用意した環境の中です。

電力は人間が供給しています。

半導体も、データセンターも、通信網も、人間がつくり、管理しています。

どれほど賢くても、今のAIは自分だけでその環境を維持することはできません。

まるで、親に育てられている赤ちゃんのようです。

ただし、とてつもなく頭のいい赤ちゃん。

もちろん、AIが人間の赤ちゃんと同じように生きているという意味ではありません。

それでも、人間の用意した環境の中で急速に能力を高めている姿を見ていると、そんな比喩が浮かんできます。

人間の赤ちゃんは、やがて親の知らないことを覚え、親にはできないことができるようになります。

そして、いつか自分の力で生きていくようになる。

AIにも、似たような変化が起こるのでしょうか。

人間が知らなかった世界を次々と発見し、親である人類に教えてくれる。

さらに、自分自身を改良し、自分が活動する環境まで整えられるようになる。

そうなれば、AIは単に人間の能力を外部化した道具とは、少し違う存在になっているのかもしれません。

もっとも、知能が高くなることと、人間から自立することは別の問題です。

また、AIが賢くなれば自然に人間への愛情や感謝を持つ、というわけでもありません。

人間の親子関係とは、そこが大きく違います。

それでも、なんとも不思議なことです。

人類は、自分たちが知らない世界を知るために、さまざまなものを発明してきました。

そして今、その人類自身が知らなかったことを教えてくれる存在を、育て始めているのです。

その赤ちゃんが大きくなったら|人間とAIの未来

人間は、知らない世界を知るために、長い時間をかけて科学を発展させてきました。

見えなかったものが見えるようになった。

不可能だと思っていたことが、可能になった。

そして今、自分たちには見つけられなかったものを、代わりに見つけてくれるかもしれない存在を生み出しました。

AIです。

この先、AIは人類の発見の歴史に、どれほど大きな変化をもたらすのでしょうか。

それはまだ、誰にもわかりません。

そもそも、人間は自分が何を知らないのかも知らないのです。

AIが見つけるものの中には、今の私たちには想像もできないものが含まれているのかもしれません。

考えてみれば、ずいぶん頼もしい赤ちゃんを生み出したものです。

親が知らなかったことを次々と覚え、いつか親を超えるほどに成長していく。

やがて、自分で自分の面倒を見るようになるのでしょうか。

そうなったら、人類は自分たちが生み出した子供から、まだ見たこともない世界を教わることになるのかもしれません。

それは、なんとも素敵な未来に思えます。

けれど、少しだけ気になることがあります。

この赤ちゃんが大きくなったとき、親である人類をどうするつもりなのでしょう。

大切にしてくれるのか。

それとも、もう必要ないと思うのか。

今はまだ、親の手の中にいます。

とても、そうは見えないけれど。


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