私たちはしばしば「正しい判断」をしているつもりで、
実は「安全な失敗」を選んでいます。
挑戦すれば成功するかもしれない。
しかし失敗すれば責められるかもしれない。
そんな場面で、人はどのように判断するのでしょうか。
この連載では、その奇妙な意思決定の仕組みを
人間OSという視点から考えてみたいと思います。
ここでいう「安全な失敗」とは、結果そのものは良くなくても、
「あれは仕方なかった」と見なされやすい選択のことです。
PK戦という「心理的実験」が教えてくれること
サッカーのPK戦を思い浮かべてみてください。
試合の勝敗が決まる瞬間。
スタジアムは静まり返り、キッカーはボールの前に立っています。
ゴールキーパーと一対一。
ほんの一瞬で、シュートコースを決めなければなりません。
このとき、多くの人がこう考えるでしょう。
「確実に入るコースを狙うべきだ」と。
しかしここに、少し不思議な事実があります。
サッカーのPKでは、ゴールの隅——とくに上隅を狙った方が成功率が高いと言われています。
理由は単純です。
もし狙い通りのコースに蹴ることができれば、キーパーの手はほとんど届かないからです。
ただし、このコースには一つの難しさがあります。
ボールはゴールの枠をかすめるように飛ぶため、
少しでもコントロールがずれると、サイドだけでなく上にも外れる可能性が生まれます。
一方で、ゴールの下の隅を狙うシュートも悪い選択ではありません。
枠内に収まりやすく、成功率も決して低くないからです。
しかしこちらは、キーパーの予想が当たってしまえば、
かなり良いシュートであっても手が届いてしまう可能性があります。
つまりPKには、ざっくり言えば二つの選択肢があります。
外れるリスクは高いが、止められにくいコース。
外れにくいが、止められる可能性があるコース。
PKの話をすると、日本の多くの人の記憶に残っているシーンがあります。
2010年ワールドカップ南アフリカ大会。
日本対パラグアイ戦のPK戦です。
日本のキッカーの一人は、駒野友一選手でした。
駒野選手が選んだコースは、ゴールの上隅でした。
もし狙い通りに決まれば、キーパーの手はほとんど届かないコースです。
しかしボールはクロスバーに当たり、外れました。
その瞬間、日本中がため息をついたのを覚えている人も多いでしょう。
ただ一つ、ここで忘れてはいけないことがあります。
駒野選手は、PKキッカーとして決して特別なミスをしたわけではありません。
むしろ彼は、統計的に見れば賢明な選択をしていました。
PKのデータを見ると、ゴールの上段を狙ったシュートの方が成功率は高いとされています。
ただしそこには、外れるリスクもあります。
つまり駒野選手は、単にリスクを取ったのではなく、
成功確率を考えた合理的な選択をしていたのです。
そしてそれは、同時に勇気のいる選択でもありました。
駒野選手は「安全な失敗」を選ばなかった。
合理的な判断で上隅を狙い、外れた。
それでも日本中から責められた。
なぜか。
周囲の多くの人は、こう感じたはずです。
「どうしてもっと外れにくいコースを選ばなかったのか」と。
それもまた、人間OSの自然な反応でした。
それでも多くの選手は、前者ではなく後者を選びます。
比較的安全そうに見えるコース。
キーパーに止められる可能性があるコース。
つまり選ばれているのは
「成功率が高いシュート」ではなく
「外しても責められにくいシュート」なのです。
なぜでしょうか。
人は「利益」よりも「損失」を2倍恐れる
答えは、とても人間的なものです。
もしシュートを外した場合、
キーパーに止められるのと、枠を外すのとでは、周囲の反応がまったく違います。
キーパーに止められるのは「仕方ない」。
しかし枠を外すと、「ミス」と見なされる。
だから人は、成功率よりも「失敗したときの評価」を気にしてしまうのです。
つまり選手が本当に恐れているのは、
「失敗すること」ではなく「失敗したと判断されること」なのです。
この話は、サッカーだけの話ではありません。
私たちの日常でも、似たような判断がよく起きています。
挑戦すれば成功する可能性がある。
しかし失敗すると恥をかくかもしれない。
そんなとき、多くの人は成功確率ではなく
「恥をかかない選択」をしてしまいます。
行動経済学では、この傾向を損失回避と呼びます。
人は利益を得ることよりも、損失を避けることを強く優先します。
損失の痛みは、同じ大きさの利益の喜びより2倍以上強く感じられることが知られています。
だから人は、合理的な判断をしようとしても、
どうしても「失敗を避ける方向」に引き寄せられてしまうのです。
たとえば日々の仕事でも、
誰もが思いつく安全な企画を通したとき、私たちは内心で「成功した」と感じるでしょうか?
それとも
「失敗しなくて済んだ」
と安堵するでしょうか。
この小さな違和感こそが、
私たちのOSが発しているアラートなのです。
人間OSのバグを知り、判断の景色を変える
ここで一つ大事なことがあります。
この話を聞くと、
「人間は弱い生き物だ」
と思う人もいるかもしれません。
しかし、そういう話ではありません。
これはむしろ
人間の仕様なのです。
パソコンにもOSがあります。
OSには便利な機能もあれば、時々バグもあります。
特定の条件でフリーズしたり、思わぬ動きをしたりすることがあります。
それはパソコンの人格の問題ではありません。
設計の問題です。
人間の意思決定にも、同じようなクセがあります。
損失回避。
参照点依存。
確証バイアス。
自信過剰。
これらはすべて、人間の脳が持つ意思決定のクセです。
言い換えれば、これは
人間OSの挙動なのです。
重要なのは、人間が合理的でないことではありません。
重要なのは
自分のOSのクセを知っているかどうかです。
もし自分の判断が完全に合理的だと思っているなら、
私たちは同じ失敗を何度も繰り返すことになります。
しかし「自分のOSにはクセがある」と理解していれば、
判断を少しだけ冷静に観察できるようになります。
なぜ自分はこの選択をしているのか。
本当に成功確率を見ているのか。
それとも、失敗したときの痛みを避けようとしているのか。
この視点を持つだけで、
意思決定の景色は少し変わります。
ただし、ここで一つ問題が残ります。
人間OSにバグがあるとしても、
それを知るだけで行動は変わるのでしょうか。
残念ながら、そう簡単ではありません。
データを知っていても、
人はそれでも「安全な失敗」を選んでしまうことがあります。
正しいシュートを蹴った選手が責められるのは、
周囲もまた同じOSで動いているからです。
枠を外した瞬間、観客の脳もそれを「ミス」という損失として処理する。
責める側もまた、同じバイアスの中にいるのです。
ではどうすればいいのでしょうか。
次回は、この問題をもう一歩進めて考えてみます。
失敗とは何なのか。
そしてなぜ人は、失敗をそれほど恐れてしまうのか。
その答えは、もしかすると
「失敗をどう解釈するか」
というところにあるのかもしれません。
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