子供がテストを持って帰ってきます。

95点。

その数字を見た瞬間、

「よく頑張ったね」と言う前に、

「あと5点だったな」という考えが浮かぶことがあります。

あるいは100点だったとしても、

「すごいね」と言いながら、

次に出てくるのは

「他に100点は何人いたの?」

という問いだったりします。

このやり取りは、

特別な家庭の話ではないと思います。

どこの家庭でも、

形を変えて起きている光景ではないでしょうか。


なぜ親は「欠けた点数」を責めてしまうのか

―― 行動経済学の視点

ここまでの話は、

親の性格の問題でも、

教育方針の失敗でもありません。

これは、

行動経済学の教科書にそのまま載るような、人間の判断の癖です。

人は、得をした事実よりも、

失われた部分に強く反応します。

95点という成果より、

欠けた5点のほうが気になる。

これを「損失回避性」と呼びます。

また、一度高い点数を取ると、

それが基準になり、

次は物足りなく見えるようになります。

これは「参照点の移動」です。

さらに評価は、

点数そのものでは完結しません。

「他に何人いたのか」

「平均はどうだったのか」

といった

横の比較(相対比較)によって、

確定させようとする本能が働きます。

これらはすべて、

人間OSに最初から組み込まれている仕様です。

ごく普通の家庭で、

ごく普通の親が、

ごく普通の不安の中で行ってしまう、

ごく普通の判断なのです。


子供を「対等な存在」として見る

―― アドラー心理学の視点

ここで、アドラー心理学の視点を重ねてみます。

アドラーは、

子供を「未熟で劣った存在」とは考えませんでした。

子供は、

親から経験を引いただけの、対等な人間

であると考えます。

できないことが多いのは、

能力が足りないからではありません。

単に、まだその経験を積んでいないだけです。

この前提に立つと、

テストの点数の意味が変わってきます。

点数は、能力の確定ではありません。

その時点での

「経験値のスナップショット」

にすぎません。


親の不安と、子供の課題を分ける

親は、つい比較をしてしまいます。

ですがアドラー心理学では、

ここで一つ、はっきり線を引きます。

それが「課題の分離」です。

勉強するかどうかは、子供の課題。

将来困るのではないかと不安になるのは、親の課題。

この二つを混ぜてしまうと、

親は「この子のため」と言いながら、

自分の不安を子供に処理させ始めてしまいます


評価ではなく「勇気づけ」を

―― 縦の比較で育てる

では、親はどう振る舞えばいいのでしょうか。

行動経済学とアドラー心理学が

自然に重なる答えがあります。

横の比較をやめ、縦の比較だけを残すことです。

つまり、

比べるのは「昨日の我が子」だけ。

昨日できなかったことが、

今日は少しできた。

その変化を見つけ、

評価(ジャッジ)するのではなく、

親自身の喜びや感謝を伝える

「勇気づけ」を意識してみます。

たとえば、

「95点で凄かったね」

という評価の言葉を、

「一生懸命取り組んでいる姿を見て、

 お父さんも嬉しかったよ」

という共感の言葉に変えてみる。

それだけで、

子供は「条件付きの愛」から、

少しずつ解放されていきます。


荒野を歩く子供の、後ろに立つ

親は、ときどき少しだけ前に行き過ぎます。

心配と期待に背中を押されて、

まだ来ていない未来を先取りしてしまいます。

ですが、

すべてを見通して子育てができる親はいません。

それは構造的に不可能です。

だから子育ては、

精密な制御ではなく、

「大枠を決めて、その中で育っていくのを見守る作業」

に近いのだと思います。

健康を守ること。

安全を確保すること。

越えてはいけない線だけを示すこと。

それ以外は、

子供自身の時間と環境に委ねて構いません。

親の役割は、

子供の人生を成功させることではありません。

子供が、

自分で人生を引き受けられるようにすること

です。

そのために必要なのは、

過剰な評価でも、

厳密な管理でもありません。

安心して戻ってこられる場所を、

用意しておくことです。

評価を急がないこと。

比較を広げすぎないこと。

時間を味方につけること。

それだけで、

子育てはずいぶん静かになります。

荒野を歩くのは子供です。

親は少し後ろで、

灯りを持っていればいいのだと思います。

進路を照らすためではなく、

迷ったときに戻ってこられるように。

お読みいただきありがとうございます。


私たちがつい子供を評価し、点数に一喜一憂してしまうのは、

愛情が足りないからでも親としての適性がないからでもありません。

それは、私たちの脳に備わった「思考の癖」が、

文字通り教科書通りに作動しているだけなのです。

この「人間OSの仕組み」を知ることは、自分を責めるのをやめ、

子供との適切な距離感を見つけるための大きな助けになります。

今回お話しした視点を、さらに深く解き明かしてくれる名著をいくつかご紹介します。

心がざわついたときにページをめくると、少しだけ視界が広がるはずです。


■ アドラー心理学を深く知る

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『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健 著 / ダイヤモンド社) 記事内で触れた「課題の分離」について、哲学者と青年の対話形式で学べる一冊です。「子供の課題を奪わない」という考え方が、どれほど親の心を軽くしてくれるか。その本質を突いています。

『幸せになる勇気』(岸見一郎・古賀史健 著 / ダイヤモンド社) 『嫌われる勇気』の続編であり、より「教育」と「愛」にフォーカスした内容です。子供を尊敬し、信じるとはどういうことか。具体的な実践への指針を与えてくれます。

■ 行動経済学で「脳の癖」を紐解く

『予想どおりに不合理:行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』(ダン・アリエリー 著 / 早川書房) なぜ私たちは損をしたくないのか、なぜ比較をやめられないのか。人間がいかに不合理な判断を下す生き物かを、ユーモアたっぷりの実験データで教えてくれます。読後、「仕方ないよね、人間だもの」と笑えるようになるはずです。

『ファスト&スロー(上・下)』(ダニエル・カーネマン 著 / 早川書房) ノーベル経済学賞受賞者が書いた、行動経済学のバイブルです。直感的に「あと5点」を気にしてしまう脳のシステムと、論理的に考える脳のシステム。その対立を理解することで、一瞬の感情に振り回されない知恵が身につきます。

どれも、もちろん良書です。
ご興味を持たれたらぜひお手に取ってみてください。
まずは『嫌われる勇気』や『予想どおりに不合理』から
読み始めてみるのがおすすめです。
知識という「灯り」を持つことで、
子育てという荒野を歩く足取りは、
きっと今より少しだけ軽くなります。


参照点というとても厄介な存在について!


このブログでは、日常のふとした瞬間に感じる「生きづらさ」や、

心身の健康、そして人生を少し面白くする視点について綴っています。

読んでくださった今のあなたにとって、

次に必要な一編がここにあるかもしれません。

もしよろしければ、

本棚を少しのぞいてみませんか?

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