最初にひとつだけ、書いておきたいことがあります。
ここで取り上げることのすべてが、すべての親にそのまま当てはまるわけではありません。
また、思い当たることがあったとしても、その強さや出方にはかなり差があると思います。
中には、取るに足らないほど軽いものも、当然あります。
この記事を読んで、必要以上に
「自分はこんなにバイアスに振り回されているのか」
と重く受け止めてしまったら、本末転倒です。
これは、親を診断するための記事ではありません。
まして、親を責めるための記事でもありません。
少し心配しすぎているかもしれない。
少し見方が偏っているかもしれない。
そんなときに、
それは自分だけではなく、人間には普通に起こることなのだ
と知ることで、少しだけ楽になれるかもしれない。
そのために、この記事を書いています。
重く受け止めすぎないこと。
そのために知る。
今回は、そういう回です。
子育てと行動経済学──親のOSはなぜ揺れるのか
このシリーズでは、親が子どもを見るときの「認識の歪み」について考えてきました。
情報過多による比較のしんどさ。
期待が参照点になってしまうこと。
アドラーが言う課題の分離。
子育てが親に返してくるもの。
個性という言葉に乗りやすい願いと不安。
遺伝という、親なら無関心ではいられないテーマ。
それぞれ別の話のようでいて、どこかでつながっています。
親は、子どもを前にすると揺れます。
不安にもなるし、焦りもするし、比べもする。
期待もするし、見誤ることもある。
ここで大事なのは、それをすぐに
「親として未熟だからだ」
「メンタルが弱いからだ」
と片づけないことなのだと思います。
むしろ、親の揺れ方には、人間としてかなり典型的なパターンがある。
子育ては、そのパターンがとても強く出やすい場面なのではないか。
今回は、そんな視点から、親のOSを行動経済学で読んでみたいと思います。
行動経済学は、親を責めるためではなく「理解する」ための地図
行動経済学は、すごく簡単に言えば、
人はそんなに合理的に判断しない
というところから始まる学問です。
もちろん、人は何も考えずに生きているわけではありません。
それなりに考え、それなりに選び、それなりに悩みます。
ただ、大事な場面ほど、人はきれいに合理的ではいられない。
損を怖がる。
比較する。
目立つ情報に引っぱられる。
一度不安になると、その不安を裏づけるものばかり集めてしまう。
そういうことが起こる。
これは、誰か特別な人の話ではありません。
かなり多くの人に起こることです。
子育ては、まさにそういう人間の癖が強く出やすい場面です。
なぜなら、子どもは親にとってとても大事だからです。
大事なものを前にすると、人は平常心でいにくくなる。
だから、親のOSも揺れやすい。
行動経済学は、その揺れを責めるためではなく、
そう揺れやすい仕組みを知るための言葉
としてかなり役に立つのだと思います。
【損失回避】なぜ親は、わが子の「欠点」にばかり目が向くのか
行動経済学の中でも、とても有名なのが損失回避です。
これは簡単に言えば、
人は何かを得る喜びよりも、何かを失う痛みのほうに強く反応しやすい、という話です。
子育てに置き換えると、この傾向はかなりわかりやすく出ます。
できていることが九つあっても、
できていないことが一つあると、そちらが気になってしまう。
元気に学校へ行っている。
友達ともそれなりにやれている。
毎日それなりに笑っている。
でも、勉強の一部分が少し気になる。
落ち着きのなさが少し気になる。
あるいは、周囲と比べて遅れているように見える何かがある。
すると、そちらのほうに目が引っぱられていく。
これは、親が冷たいからではありません。
むしろ逆です。
大事だからこそ、失いたくない。
取りこぼしたくない。
遅れさせたくない。
そう思うから、マイナスに見えるものに強く反応してしまう。
親が「できていない部分」ばかり見てしまうのは、愛情が足りないからではなく、
損失に強く反応する人間の癖が、子育ての場面で強く出ている
と考えるほうが自然なのだと思います。
【参照点依存】頭の中の「基準」が、現実をマイナスに見せる
人は、物事を絶対値で見ているようで、実際には
何かとの比較
で見ていることが多いです。
行動経済学では、この基準のことを参照点と呼びます。
子育てでは、この参照点がかなり強く働きます。
この年齢なら、これくらい。
この家庭なら、このくらい。
周りの子がこのくらいだから、この子も。
親である自分の感覚として、このくらい。
そうした基準が、知らず知らずのうちに頭の中にできます。
そして、現実の子どもを、その基準との差で見てしまう。
本当は、その子はその子として今日を生きているだけかもしれない。
でも親の側では、
「思っていた位置より下にいる」
「期待していたほどではない」
という感覚が先に立つ。
すると、不安も不満も強くなりやすい。
子どもそのものを見ているつもりでも、実際には
頭の中の基準と比べて苦しくなっている
ことがあるのだと思います。
これは、夢や期待の記事でも触れたことです。
期待があること自体は悪くない。
でも、その期待が参照点になってしまうと、現実が必要以上にマイナスに見えやすくなる。
親のOSが苦しくなる理由の一つは、そこにもあるのだと思います。
【利用可能性】強烈なネット情報ほど「よくあること」に見えてしまう
今の時代の子育てで大きいのは、やはり情報の多さです。
しかも人は、ただ情報が多いだけで苦しくなるわけではありません。
印象の強い情報ほど、頭に残りやすい
という癖があります。
これを行動経済学では、利用可能性ヒューリスティックと呼びます。
たとえば、
- 発達の遅れに関する強い記事
- 教育の失敗例
- 親の後悔談
- SNSで流れてくる極端な成功例や心配事
こうしたものは、感情を揺らしやすいぶん、記憶にも残りやすい。
すると、実際にはそこまで頻繁ではないことでも、
「よくあること」に見えやすくなる。
「うちもそうかもしれない」が強くなる。
つまり、親の不安が強まりやすいのは、危ない情報を読みすぎるからというより、
危ない情報ほど頭に残りやすい人間の仕様
もあるのだと思います。
情報過多の記事で扱ったしんどさも、ここにかなりつながっています。
【確証バイアス】不安のフィルターが、さらに不安な証拠を集めていく
さらにやっかいなのは、一度不安になると、その不安を支える材料ばかり集めやすくなることです。
これが確証バイアスです。
「この子、少し遅れているのでは」
と一度思う。
すると、そのあと目に入るものも、
その不安を強める方向で解釈しやすくなる。
検索ワードもそうなる。
SNSで目に入る投稿もそうなる。
周囲の何気ない一言も、そちらの意味で受け取りやすくなる。
本当は、別の見方もできるかもしれない。
成長の途中かもしれない。
一時的なものかもしれない。
そもそも親が心配しすぎているだけかもしれない。
でも、不安が先に立つと、その可能性は見えにくくなります。
親の不安は、現実をそのまま映しているというより、
不安な目で集めた情報によって、さらにふくらんでいる
こともあるのだと思います。
これもまた、親だけが特別に弱いからではありません。
人間はそうなりやすい。
子育てでは、それが強く出やすい。
そのくらいに理解しておくほうが、少し楽です。
【現在バイアス】「今すぐ何とかしなきゃ」という焦りの正体
行動経済学には、現在バイアスという考え方もあります。
人は、遠い未来より、目の前の損や不安に強く反応しやすい、という話です。
子育てでは、これが
いまやらないと遅れる
という感覚になって現れやすい。
今始めないと。
今やっておかないと。
今この差を埋めないと。
あとで後悔するかもしれない。
これは、早期教育でも、習い事でも、進路でも、かなり起こりやすいと思います。
しかもそこには、FOMO的なものも混ざりやすい。
つまり、取り残されることへの不安です。
周囲が何かを始めている。
他の家庭は動いている。
SNSでは、もっと先に進んでいる子が見える。
すると、自分だけが遅れているように感じやすい。
ここでも、親が特別に弱いというより、
目先の損失や取り残され感に強く反応する人間の性質
が、子育てで強く出ていると考えるほうが自然です。
結論:親のOSの揺れは、人間としての「典型的なパターン」である
ここまでを一度まとめると、親のOSの揺れ方には、かなり共通したパターンがあります。
できていない部分に引っぱられる。
期待した基準で現実を見てしまう。
不安な情報ばかりが頭に残る。
一度不安になると、その不安を裏づけるものばかり集まる。
いまやらないと遅れると感じやすい。
こうして見ると、親のOSとは、親だけの特殊な不具合というより、
人間の判断の癖が、子育てというとても大事な場面で強く出ている状態
なのかもしれません。
だから、ここまでのシリーズで扱ってきた
- 比較
- 期待
- 情報過多
- 個性
- 遺伝
- 不安
は、全部ばらばらではなく、どこかで一本につながっています。
行動経済学は、それを一枚の地図にしてくれる。
そういう役割があるのだと思います。
おわりに:自分を責めるのをやめ、OSを静かに整えるために
ここまでの「親のOS」シリーズでは、親が子どもを見るときに、どんなふうに揺れ、どんなふうに見誤りやすいかを見てきました。
情報に飲まれること。
期待が基準になること。
個性に願いを乗せてしまうこと。
遺伝という言葉に揺れること。
どれも別のテーマのようでいて、根のところではつながっている。
そのつながりを、一度行動経済学で読み直してみたのが今回です。
親のOSが揺れるのは、親が弱いからではありません。
人間が、大事なものを前にしたとき、そう揺れやすくできているからなのだと思います。
そう考えられるだけでも、少しだけ自分を責めすぎずにすむかもしれません。
前半の中締めとして、今回はそこまでにしておきます。
【編集後記:バグを知れば、愛はもっと自由になれる】
なぜ私たちは、子どもの将来にこれほどまで不安を感じ、時に不合理な選択をしてしまうのか。
それはあなたの「親心」が足りないからではなく、人間というOSに組み込まれた「認知バイアス」の仕業です。
失うことを恐れ、他者と比較し、注いだ時間に縛られる。
その不合理なパターンを知ることは、子育ての苦しさを「解読可能なパズル」に変えてくれます。
ダン・アリエリーの『予想どおりに不合理』は、私たちの脳がいかに簡単に騙され、偏った判断を下すかを教えてくれる残酷で愛おしい一冊です。
この本を通じて自分のバイアスを客観視できたとき、あなたは初めて、焦りや不安というノイズを振り払い、目の前の子どもと真っ直ぐに向き合うことができる。
不合理な自分を笑い飛ばし、もっと軽やかに「親」を愉しむための知性を、その手に。
[PR] 不安の正体を、科学で解き明かす。:【予想どおりに不合理】で学ぶ、子育ての行動経済学
この記事までに、6編の親のOSについての記事があります。
ぜひ最初から読んでみてください。
Re:Trader ─ トレードからはじまる行動と心理のノートをもっと見る
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