「なぜ投票率が上がらないのか」

「政治への関心が薄れているのではないか」

といった言葉を、よく目にします。

こうした議論の前提には、

「人は関心を持ち、考えたうえで投票行動を選んでいる」

という、ある種の理想像が置かれているように思います。

しかし、行動経済学の視点に立つと、

この前提はかなり揺らぎます。

人は、十分な情報を集め、

冷静に比較し、

合理的に判断する存在ではありません。

コスト、感情、社会的圧力、物語。

そうした要素が混ざり合った状態で、

私たちは意思決定をしています。

この前提に立って投票行動を眺めてみると、

行動は大きく次の4つに分けて考えることができます。

参考メモ|衆議院選挙の呼び方

  • 衆議院選挙「公示」 (国政選挙=公示/地方選挙=告示)
  • 公示が使われる選挙
    • 衆議院選挙
    • 参議院選挙
  • 告示が使われる選挙
    • 知事選挙
    • 市町村長選挙
    • 地方議会議員選挙

用語の意味と流れ

  • 公示日:国として選挙を公式に開始する日 候補者の立候補、選挙運動、報道の扱いがここから本格化する。
  • 選挙期間:公示日から投票日前日まで 有権者に向けたメッセージや演出が最も濃く出る期間。
  • 投票日(投開票日):行動が数に変換され、結果が確定する日。

投票行動を解き明かす「4つの意思決定モデル」

① 興味があって投票に行く

確証バイアスと過信

もっとも教科書的で、

民主主義の理想像として語られやすい層です。

政治に関心を持ち、情報を集め、

自分なりに考えたうえで意思を表明する。

選挙に関する説明や報道は、

多くの場合、この①の存在を前提に語られます。

ただし、ここには一つ、

少しねじれた構造があります。

行動経済学的に見ると、

政治の言葉や制度は①に

「向けているようでいて」、

①が多数派であるとは、

実はあまり想定していないようにも見えるのです。

なぜなら、①は

自発的に情報を取りに行き、考える層であり、

設計で動かす必要がないからです。

さらに、①にも歪みはあります。

「確証バイアス」によって

自分の立場に合う情報だけを集め、

「ナラティブ・バイアス」によって

政策の整合性より

物語としての納得感を重視し、

自分はきちんと考えているという

「過信(オーバーコンフィデンス)」

陥りやすい。

理性的に見えながら、

実は自分の判断を疑いにくい状態にも

入りやすい層だと言えます。


② 興味があっても投票に行かない

失望回避と認知的不協和

行動経済学的に見ると、

ここから一気に現実味が増します。

政治の情報は追っている。

問題意識もある。

それでも、投票には行かない。

これは意志の弱さというより、

意思決定の歪みとして自然に説明できる行動です。

自分の一票が結果に与える影響を、

極端に小さく見積もってしまうこと。

期待して裏切られることを避けようとする

「失望回避」

「関心がある自分」と

「行動しない自分」のズレを、

「どうせ無意味だ」という物語で整合させる

「認知的不協和の回避」

考えているからこそ、

行動しない理由が、

うまく言語化されていきます。


③ 興味がないから投票に行かない

省エネな意思決定

一見すると、もっとも一貫した行動です。

興味がない。

だから行かない。

ただし、行動経済学的には、

これは単なる無関心というより、

「省エネな意思決定」に近いものです。

情報取得コストを避け、

判断の責任を引き受けず、

現状を維持する。

静かな層ですが、

社会全体で見ると人数は多く、

ただし選挙結果には直接現れません。


④ 興味はないが投票には行く

社会規範とアイデンティティ

ここが、最も示唆的な層です。

政治に強い関心があるわけではない。

それでも、毎回淡々と投票所に足を運ぶ。

この行動は、

合理性や感情とは、

少し違う場所にあります。

たとえば、「初詣」を思い浮かべてみてください。

多くの日本人は、

神学的な教義に精通しているから

神社へ行くわけではありません。

「行くものだから行く」という

社会規範への同調、

あるいは

「初詣に行く自分」という

アイデンティティの確認として行動しています。

選挙における④も、これとよく似ています。

政治に関心があるから行動するのではない。

行動が先にあり、

その行動によって

「市民としての自己定義」が保たれている。

考えずに行動を繰り返す

「ヒューリスティック(直感的判断)」の世界です。

選挙における④の層が従っている「ヒューリスティック」とは、一言で言えば「脳のショートカット(手抜き)」です。

本来、投票先を選ぶには「各候補者の政策を読み込み、過去の実績を照らし合わせ、未来の予測を立てる」という膨大な計算資源(熟慮)を必要とします。しかし、脳はエネルギー消費を抑えるため、直感的なルールで判断を下そうとします。

④の層で起きている具体的なヒューリスティックは以下の通りです。

利用可能性ヒューリスティック:
「最近ニュースで名前をよく聞くから」「ポスターをよく見かけるから」という、思い出しやすさだけで「重要で正しい選択肢だ」と直感的に判断してしまうこと。

現状維持バイアス:
「下手に変えて悪くなるより、今のままでいい」と、変化に伴う不確実性を避けるために、現在の枠組みを維持する選択肢を無意識に選ぶこと。

親近性ヒューリスティック:
「地元の出身だから」「自分と同じ年代だから」という、政策とは無関係な「共通点」を根拠に、信頼できる人物だと即断すること。

このように、④の層にとって投票とは「深い熟考の結果」ではなく、
「特定の刺激(名前、色、所属、慣習)に対して、過去のパターンから自動的に反応するルーチンワーク」に近い状態になっています。


政治の設計は、なぜ「熟慮しない層」へ向かうのか

ここで視点を引いてみます。

政治、正確には

選挙のコミュニケーション設計

本当に前提にしているのは、

4つの層そのものではありません。

前提にしているのは、

「熟慮して選ばれるか、

熟慮せずに選ばれるか」

という、意思決定の形式です。

  • 熟慮して選ぶ(①)
  • 熟慮せずに選ぶ(④)

そして現実には、

後者の比率が圧倒的に大きい。

だから設計は④に寄る。

これは悪意ではなく、

最適化の結果です。

その結果、①は

「語られる中心」でありながら、

設計の中心ではないという、

少し不思議な立場に置かれます。


結論 選挙は「信念」ではなく「モード」の記録である

投票行動は、

信念の表明というより、

その時点で人が

どの意思決定モードにいたかの記録

なのかもしれません。

①は理想像として語られ、

④は設計の前提となり、

②と③は静かに周縁化される。

これは誰かの善悪ではなく、

人間の意思決定の性質から生まれる構造です。

政治の是非を語る前に、

人はどう動いてしまうのかを眺める。

その視点だけで、

選挙はずいぶん違い、面白い姿を見せてくるように思います。

お読みいただきありがとうございます。

こちらの記事もあわせていかがでしょうか。


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このように、私たちは常に何らかのバイアスの影響下で意思決定をしています。
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