1. 検査室を出た瞬間から始まる「思考の空回り」
先日、大腸カメラを受けてきました。
検査自体は無事に終わり、医師からは
「詳しい結果は1週間後にお伝えします」
と告げられました。
その場で何かを言われたわけではありません。
良いとも悪いとも、まだ何も決まっていない状態です。
それなのに、検査室を出たあたりから、
自分の頭の中はやけに忙しくなりました。
「たぶん大丈夫だろう」
「もし本当に問題があれば、その場で言われるはずだ」
「これまで大きな自覚症状もなかった」
そうかと思えば、少し時間が経つと、
別の考えも顔を出します。
「年齢的にはリスクが上がってきている」
「念のため受けた、という事実もある」
「何もないと決めつけるのは、楽観的すぎるかもしれない」
結果はまだ出ていない。
新しい情報も、何一つ増えていない。
それでも頭の中では、
次々ともっともらしい考えが生成されていきます。
ここで不思議だったのは、
これらの思考が「正しい結論を導くため」ではなく、
今の自分の状態に、どこかで折り合いをつけるために動いている
ように感じられたことでした。
2. 人は「正しさ」を求めて考えているわけではない
私たちはよく、
「ちゃんと考えよう」
「冷静に判断しよう」
と言います。
この言葉の裏には、
「考えれば、より正しい結論に近づける」
という前提があります。
けれど、健康診断の結果待ちの時間に起きていたのは、
少し違う現象でした。
安心したい気分のときには、
安心できそうな理由が集まり、
不安が強まると、
不安を補強する材料が見つかる。
考えは増えるのに、
結論は一歩も前に進まない。
このとき思考は、
「判断のため」に使われているのではなく、
感情を落ち着かせるための道具として使われていました。
3. システム2は「理性の味方」ではない
行動経済学では、
人の思考を大きく2つに分けて説明します。
直感的・反射的に反応する「システム1」。
時間をかけて考える「システム2」。
一般には、
「システム1は軽率で、システム2は理性的。
だからシステム2を使えば、より良い判断ができる」
そう説明されることが多いと思います。
けれど実際には、
システム2は「正しさ」を保証する装置ではありません。
システム2が得意なのは、
すでに生まれた方向性に対して、
筋の通った説明(合理化)を与えることです。
健康診断の結果待ちの場面では、
「大丈夫だ」という感覚が強まれば、
それを支える理由を集め始める。
「不安だ」という感覚が強まれば、
それを裏づける情報を探し始める。
どちらの場合にも、
システム2は全力で協力します。
つまりシステム2は、
善悪を決める裁判官ではなく、
結論に納得するための「説明係」なのです。
4. なぜ「考えたつもり」が一番厄介なのか
ここで厄介なのは、
このプロセスに思考が介在しているため、
私たち自身が
「理性的に判断している」
と感じてしまう点です。
理由がある。
説明できる。
自分なりに整理した。
こうした感覚は、
判断が公正で中立であるかのような錯覚を生みます。
けれど実際には、
まず感情が動き、
次に思考がそれを支え、
「考えた結果」という物語が完成する。
この順序で進んでいることが、
少なくありません。
だからこそ、
考えれば考えるほど、
元の感情から離れられなくなる
という逆説が起きます。
5. 問題は「考えないこと」ではなく「順序」にある
健康診断の結果待ちの1週間。
考えても、結果が早まることはありません。
それでも思考は止まらない。
この状態は、
判断力が弱いから起きているわけではありません。
むしろ逆です。
言葉を持ち、
説明する力があり、
考える習慣があるからこそ起きる現象です。
問題は、
考えないことではありません。
考える「順番」が、
すでに感情によって決まってしまっていることです。
6. 意志力よりも「仕組み」で思考を整える
では、どうすればいいのか。
答えは意外と地味です。
「もっと冷静になろう」
「不安に負けないようにしよう」
と自分を叱ることではありません。
必要なのは、
考える前に結論を出さないための順序を、
あらかじめ用意しておくことです。
- 結果が出るまでは判断しないと決める
- 情報が増えない間は、結論を保留する
- 考えが始まったら 「今は考えても意味がない時間だ」と気づく
これは我慢ではなく、
思考の使いどころを決めるということです。
結論:思考は万能ではないが、無力でもない
システム2は、
私たちを常に正しい場所へ導いてくれる存在ではありません。
けれど、
いつ・何のために使うかを意識すれば、
強力な味方にもなります。
健康診断の結果待ちの時間は、
思考の限界と癖を、
これ以上ないほどはっきりと見せてくれました。
考えているのに、何も決まらない。
そのとき起きているのは、
判断の失敗ではなく、
思考の空回りなのかもしれません。
■ エビデンス:思考の二重過程論(システム1・2)
ダニエル・カーネマン氏(ノーベル経済学賞受賞)が提唱した理論では、
人の脳は「速い思考(システム1)」による直感的判断を、
あとから「遅い思考(システム2)」が
論理武装して正当化する傾向があることが示されています。
不安なときに考えが止まらないのは、
このシステム2が
「不安を正当化する理由」を生成し続けてしまう
からです。
お読みいただきありがとうございます。
【あとがき:たまには、脳を遊ばせてあげる】
「ちゃんとしよう」と思えば思うほど、脳は省エネのために心配事を繰り返します。
そんなループを止めるには、物理的に「別の世界」へ連れ出すのが一番。
一冊の本、一枚のアルバム。
そんな小さなきっかけが、固まった脳のスイッチを切り替えてくれます。
理屈は後回し。まずは、直感で「いいな」と思えるものに触れてみてください。
[PR] 本と音楽のセレクトショップ:HMV&BOOKS online
こちらの記事ではシステム1と2を
「ヒューリスティック(直感的判断)とアルゴリズム(手順的判断)」という二つの思考のモードで説明します。
「人間を人間のまま扱わなければ、経済行動は説明できない」この思想から行動経済学は生まれました。
このブログでは、日常のふとした瞬間に感じる「生きづらさ」や、
心身の健康、そして人生を少し面白くする視点について綴っています。
読んでくださった今のあなたにとって、
次に必要な一編がここにあるかもしれません。
もしよろしければ、
本棚を少しのぞいてみませんか?
👇 Re: Traderを深く味わうための「最初の一歩」をまとめました 👇
