ヒューリスティックな私──不完全で、でもうまく生きている
朝、コーヒーを選ぶ。
帰り道、どの信号を渡るかを決める。
そんなささいな場面でも、私たちは1日に何百回もの「判断」をしています。
そして多くの場合、それらは“考えずに”行われています。
それは怠けではなく、脳が効率よく動くための仕組みなのです。
速く決める脳と、ゆっくり考える脳
心理学者ダニエル・カーネマンは、私たちの思考を2つのシステムに分けて説明しました。
システム1は、直感的で素早く動く“自動モード”。
システム2は、論理的でゆっくり考える“熟考モード”。
この2つはどちらが優れているわけでもありません。
むしろ大切なのは、切り替えるタイミングを知ることです。
たとえば、渋滞を避けるために普段と違う道を選ぶとき。
直感(システム1)は「こっちが早そう」と言い、
熟考(システム2)は「でも信号が多いな」と警告します。
日常では直感が役立ちますが、
トレードや仕事など“損得が絡む判断”では、熟考モードを使うほうが安全な場面も多い。
この切り替えができる人ほど、思考の機動力が高いのです。
ことわざに隠れた「ヒューリスティックの知恵」
昔の人は、この切り替えを理屈ではなく感覚で理解していました。
「急がば回れ」「転ばぬ先の杖」「二兎を追う者は一兎をも得ず」。
ことわざの多くは、直感の暴走をやわらかく制御する言葉です。
つまり、人は昔から“ヒューリスティックに生きながら、時々立ち止まる”ことを知っていたのです。
これは、行動経済学が言葉を与えるずっと前から続いてきた文化的な切り替え技術とも言えます。
トレードも、人生も、切り替えがすべて
トレードの世界では、「直感エントリー」と「ルール判断」の間を行き来します。
勢いで入ったポジションを冷静に見直すとき、
私たちはシステム1からシステム2へギアを変えている。
つまり、勝敗を分けるのは才能でも情報量でもなく、
思考モードの切り替え速度なのです。
一瞬の判断(ヒューリスティック)は必要です。
でも、そのあとに「ちょっと待てよ」と立ち止まること。
それが、ルールを守り続けるトレーダーの静かな強さです。
不完全なままで、切り替えながら生きていく
人は完璧な判断機械ではありません。
直感で間違えることもあれば、考えすぎて動けなくなることもあります。
それでも、“どちらも自分の中にある”と理解しておくだけで、少し自由になれます。
ヒューリスティックに生きるとは、
「だいたい正しい」で進みながら、ときどき立ち止まって修正するということ。
つまり、不完全さの中で生きる力です。
Re:Traderより
トレードも人生も、常に完璧な合理はありません。
だからこそ、直感に助けられ、熟考に守られる。
その二つの脳を、上手に使い分けながら生きていけたら、
私たちはきっと、もう少し穏やかに判断できるはずです。
