なぜ人は「群れから外れること」をこれほど怖がるのか
理由のない不安の正体
私たちはときどき、理由のはっきりしない不安に襲われます。
反対意見を言うのをためらったり、空気を壊さないように振る舞ったり、必要以上に周囲の反応を気にしたりします。
頭では「そこまで気にしなくてもいい」と分かっていても、身体のほうが先に反応してしまう。
こうした感覚は、多くの人にとって身に覚えのあるものだと思います。
この不安は、性格の問題でも、意志の弱さでもありません。
もっと古く、もっと深いところから来ています。
それは、「群れから外れること」への恐怖です。
人類の長い歴史において、群れは生存そのものでした。
食料を得ること。
身を守ること。
子どもを育てること。
どれも、ひとりでは成り立ちません。
群れに属していることが、生きていることとほぼ同義でした。
そのため、排除されることは単なる孤独ではありませんでした。
生存の可能性そのものが失われる出来事だったのです。
だから人間の脳と身体は、「外される兆し」に非常に敏感に反応するよう設計されました。
この恐怖は、欠陥ではなく、合理的な適応でした。
協力と恐怖は同じ根から生まれている
私たちはこれまで、協力について考えてきました。
協力は、人間にとって自然な行動です。
なぜなら、協力できる人は群れに受け入れられ、協力できない人は排除されやすかったからです。
協力することは、善意というより、生き残るための戦略でした。
だから人は、つい協力してしまいます。
空気を読んでしまいます。
自分を抑えてしまいます。
それは「いい人でいたい」からだけではありません。
「外されないため」の行動でもあります。
現代社会では、状況が変わりました。
私たちは、ひとりでも生きていけます。
食料も、医療も、住居も、社会の仕組みとして整っています。
群れから外れたからといって、すぐに命が危険にさらされるわけではありません。
それでも、恐怖は消えていません。
むしろ、別の形で可視化されました。
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排除の兆しが、数値として目に見える社会になりました。
恐怖が弱まったのではなく、常に刺激されるようになったのです。
身体は、原始的なままです。
環境だけが、変わりました。
恐怖を消さずに、生き方を選ぶ
ここで、「おひとり様」という生き方を思い出します。
私たちは、ひとりで暮らせる社会に生きています。
けれど、完全に切り離されているわけではありません。
見えない形で、無数の他者に支えられています。
依存は見えなくなりました。
しかし、排除への恐怖は残りました。
このズレが、現代特有の不安を生んでいます。
大切なのは、この恐怖を消そうとしないことです。
恐怖は、本能です。
長い時間をかけて身につけてきた、生存の感覚です。
無理に否定するものではありません。
ただし、扱い方は選べます。
すべての恐怖に従う必要はありません。
どこまで合わせ、どこから距離を取るのか。
それを意識的に選ぶことはできます。
群れを恐れる感覚は、
私たちが長く生き延びてきた証でもあります。
その事実を知った上で、
今の社会に合った距離感を探していく。
それが、これからの「自立」なのかもしれません。
noteにも多くの記事を書いています。もしよろしければのぞいてみてください。ちょっとした視点やヒントが見つかると思います。
001 ルールを守るという挑戦 自己紹介 はじめてのnote|【FX】Re: Trader
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