信用とは“共同体の記憶”の制度化である
私たちは日常の中で、ごく自然に「信用」という言葉を使っています。
この人は信用できる。
この会社は信用できない。
実績がある。
評価が高い。
けれど、その「信用」とは、いったい何を指しているのでしょうか。
誠実さでしょうか。
性格でしょうか。
それとも道徳でしょうか。
ここで少し立ち止まって考えてみると、私たちは「信用」を、かなり曖昧なまま使っていることに気づきます。
信用は、もともと「覚えていること」でした
信用の原型は、とても素朴なものです。
あの人は、約束を守った。
あの人は、協力した。
あの人は、裏切らなかった。
小さな共同体では、こうした記憶は自然に共有されていました。
顔と行動が一致しており、評判や噂が、そのまま信用になります。
つまり信用とは、もともと共同体が「過去の振る舞い」を覚えていることだったのです。
信用は、心の問題ではありません。
記憶の問題です。
記憶を人に任せきれなくなったとき、制度が生まれた
共同体が大きくなると、この仕組みはうまく機能しなくなります。
人が増え、顔が見えなくなり、行動を直接確認できなくなる。
そこで生まれたのが、
- 契約
- 記録
- 資格
- 評価制度
- 貨幣
といった仕組みです。
これらはすべて、信用を人の頭の中から切り出し、外部に保存する装置だと言えます。
貨幣もまた、「この人は信用に足る」という共同体の記憶を、極端に抽象化した記号です。
信用は、制度化されることで顔の見えない他者同士をつなぐ力を持ちました。
信用があるから、「ひとり」が成立する
ここで、おひとり様の話とつながります。
私たちは、名前も顔も知らない人たちの仕事に囲まれて生きています。
それでも生活が成り立つのは、信用が制度として機能しているからです。
おひとり様とは、誰にも依存していない存在ではありません。
信用という仕組みを介して、無数の他者に依存できている存在です。
この意味で、おひとり様は孤立の象徴ではなく、信用社会の完成形の一つだと言えます。
ここで「信頼」という別の言葉が現れます
信用とよく似た言葉に、「信頼」があります。
この二つは混同されがちですが、実はまったく性質が違います。
この違いを、もっとも明確に整理したのがアドラー心理学です。
アドラー心理学が区別した「信用」と「信頼」
アドラー心理学において、信用は条件付きのものです。
- 実績があるから信用する
- 約束を守ったから信用する
- 裏切られたら信用を取り消す
これは、相手を評価し、管理する関係です。
一方、アドラーが重視したのは信頼でした。
信頼とは、
裏切られる可能性を引き受けた上で、相手に委ねるという態度です。
信頼は、相手の行動をコントロールしません。
結果を保証しません。
だからこそアドラーは、信頼を「勇気」と呼びました。
重要なのは、信頼が相手のためではなく、自分がどう生きるかという選択だという点です。
社会は「信用」で回り、個人は「信頼」で生きる
ここまでを整理すると、一つの分業が見えてきます。
- 社会は、信用で回る
- 個人は、信頼で生きる
信用は、不特定多数と関わるための仕組みです。
信頼は、関係の中で自分の態度を決めるための姿勢です。
現代社会では、この二つが混同されがちです。
制度に信頼を求め、評価に人間性を期待し、数字に安心を預けてしまう。
そこに、疲れや不安が生まれます。
ブルシットワークとギグワークの風景
意味が見えにくい仕事があります。
それが、いわゆるブルシットワークと呼ばれるものです。
本人にも、周囲にも、その仕事が何を生み出しているのかが分からない。
成果が共有されず、「やったこと」が次につながらない。
このような仕事では、信用が積み上がりにくくなります。
一方で、ギグワークの世界では、仕事は単発で、関係は短期的です。
評価は星やスコアとして即時に返ってきます。
便利ではありますが、その評価はすぐに更新され、忘れられていきます。
「この人は、長い時間をかけて何を積み上げてきた人なのか」という記憶は残りません。
ブルシットワークでも、ギグワークでも起きているのは、
信用が長期の記憶として蓄積されず、
短期的な評価として消費されていく状態です。
信用が薄くなると、人は毎回、自分を証明し直さなければなりません。
それは、常に評価され続ける状態であり、かなり消耗の激しい生き方でもあります。
信用とは、共同体が「覚えている」ということ
最後に、もう一度整理します。
信用は、美徳ではありません。
信頼は、感情でもありません。
貨幣は、中立な道具ではありません。
信用とは、共同体が「この人は大丈夫だった」という記憶を保存し、共有し、引き継ぐ仕組みです。
そして私たちは、その記憶の上に立って、今日も安心して暮らしています。
経済とは、記憶を制度に変換する技術でもあるのです。
市井に生きる人のための視点として
信用と信頼を分けて考えると、生き方が少し楽になります。
社会には信用を委ねる。
人との関係では、信頼を選ぶ。
すべてを信頼しなくてもいい。
すべてを信用で測らなくてもいい。
経済を、市井に生きる人の側から考えるとは、こうした距離感を取り戻すことでもあります。
noteにもたくさんの記事を書いています。ぜひのぞいてみてください。ちょっとした気づきやヒントが見つかると思います。
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