いじめ(ハラスメント)はなぜ“特定の個”に集中するのか──ターゲット選出の力学
これまでの回で、
・いじめ(ハラスメント)は個人の悪意ではなく“群れの誤作動”であること
・誤作動は、均質性圧力・スケープゴート・責任分散によって生まれること
・誤作動が起きない環境には構造的な条件があること
を確認してきました。
第5回は、その続きです。
では、誤作動が発動したとき、
なぜ群れは“特定の人”だけに圧を集中させるのか?
これは単なる心理ではなく、
進化・社会構造・集団心理の三層構造で説明できます。
ここでは、その「選ばれてしまうプロセス」を解説していきます。
① 群れは “反撃しなさそうな場所” を探す
スケープゴート構造の中核は、
群れが「最も反撃しなさそうな個」を選ぶ
という極めて残酷なメカニズムです。
これは善悪ではなく、
集団が自らの不安を“どこに逃がすか”を決める行動です。
たとえば職場や学校で、
・意見を強く言わない
・目立たず、反論もしない
・怒らない
・空気を乱さない
・孤立気味で反撃が想像されない
こうした「抵抗の予測が弱い個」は、
群れの不安が集中しやすい。
これは“弱いから狙われる”のではなく、
群れが不安の出口として“確実に安全な場所”を探してしまう
という誤作動です。
本来、倫理や理性がこれを抑えるはずですが、
群れが不安定になると古い脳が勝ってしまう。
これが最初の選出プロセスです。
② 「群れのテンポと少し違う人」が標的化される
次に重要なのは、
群れの“テンポ”からのズレです。
ズレとは、性格や能力ではありません。
・話すスピード
・表情の出し方
・集団の会話に入るタイミング
・忙しさや余裕の“速度”
・意思決定の速度
・興味の向き方
こういった、ほんの些細な違いです。
群れのテンポと“微妙に違う”人は、
古い脳によって 「異質性」と誤認されやすい。
これは、変わり者や問題児という意味ではなく、
ただ単に “群れの拍子と違っているだけ”。
しかし不安定な群れでは、
このズレが「違和感」→「疎外」→「圧の集中」へと変換されてしまう。
原因はその人にあるのではなく、群れが不安定になっているために“差分が強調される”だけです。
③ 「説明しづらい人」が選ばれやすい
ここは心理学的な要素が強い部分です。
人間は、説明しづらいものを、危険や不信として誇張しやすい
というバイアスを持っています。
例えば:
・控えめで内向的
・喜怒哀楽が読み取りにくい
・自己主張が少ない
・反応がゆっくり
・コミュニケーションスタイルが独特
このような人は、
他者が“解釈の材料を持ちづらい”ため、
群れの想像が勝手に暴走しやすい。
本人的には何もしていないのに、
「なんとなく距離を置かれる」
「なぜか誤解が重なる」
という現象が起きる。
説明しづらい人は、
誤解が“物語化”しやすい位置に置かれてしまうのです。
これが、標的化の第三のルート。
④ 群れが“安全のための代償”を求めるとき、誰かが選ばれる
ここが最も重要です。
誤作動が発動している群れは、
自分たちを“落ち着かせるための代償”を必要とします。
その代償が、
「いちばん反撃しない・テンポが違う・説明しづらい人」
に押しつけられる。
これは、その人の弱さや欠点ではありません。
群れが不安を処理しきれず、
誤作動が暴走し始めたときに、
最も“扱いやすく見える個”に圧を集中させる
という構造的反応です。
この構造を理解しない限り、
いじめ(ハラスメント)は“なぜ自分なのか”という問いが解けないままになります。
自分だから狙われたわけではない。
群れが誰でもよかった中で、
たまたま構造的に“そこにいた”だけなんです。
⑤ 標的化は「人格の問題」ではなく「位置の問題」
ここまでをまとめると、
ターゲット選出のメカニズムはこうなります。
1)反撃しなさそうな“力の弱い位置”
2)群れのテンポと微妙にズレた“拍子の違い”
3)説明しづらく、誤解の余地がある“情報の少なさ”
4)群れが不安定で、代償を求めている“構造的圧力”
これらが重なると、
特定の人に圧が集中します。
重要なのは、
これは人格ではなく、“群れの中での位置”によって決まる現象だということ。
だからこそ、
ターゲットは簡単に入れ替わる。
場が変われば標的は変わる。
リーダーが変われば圧力は散る。
構造が整えば誤作動は発動しない。
個人の性格や能力とは無関係。
これは被害者にとっても救いになる視点です。
“自分が悪いわけではない”
という事実が、ようやく構造として言葉になるからです。
では、どうすれば誤作動を止められるのか
次の第6回では、
誤作動が起きたときに、
被害側・周囲・組織はどう振る舞えばよいのか。
構造に対する“介入の技法”を扱います。
・バウンダリー(境界線)
・第三者の介入
・情報の透明化
・責任の割り振り直し
・「空気」から「構造」への転換
いじめ(ハラスメント)は止められます。
構造に働きかけたときだけ、確実に。
次回はその技法を丁寧に届けます。
noteにいろいろな記事を書いています。行動経済学やアドラー心理学などをベースとして、Re: Traderなりの視点、切り口でさまざまなことを読み解いています。ぜひ読んでみてください。
