いじめ(ハラスメント)という“虚構の物語”はなぜ生まれるのか──群れがつくる安心のための物語
いじめ(ハラスメント)という現象の周りには、
昔から一つの言葉が静かに存在し続けています。
「いじめられる側にも理由がある」
この言説は誤りです。
いじめの責任は加害側にしかありません。
これは揺るがない前提です。
ではなぜ、間違っていると分かっていても、
人々はこの言葉を“信じたくなる”のでしょうか。
本当に知りたいのは、ここです。
なぜこの物語が何十年も生き延びてきたのか。
どうして人間社会から消えないのか。
ここには、
人間という生物が持つ深い心理構造と、
群れの脳の古い習性が隠れています。
―――――――――――――――――
■ ① 世界を「公平」だと思いたい人間の脳
人間には、
「世界はある程度は公平だ」
と感じたいという深い欲求があります。
心理学では、公正世界仮説(Just World Hypothesis)と呼ばれます。
世界が完全に不公平だとしたらどうなるでしょう。
「いつ自分が突然いじめの標的になるかわからない」という
とんでもない恐怖の中で生きることになる。
それは耐えがたい。
だから人は無意識に、
「標的になる人には何か理由があったのだ」
という物語を作りたがります。
これは、被害者を責めているのではなく、
自分の心を守ろうとする心理的防御の働きです。
「自分はその理由を避ければ大丈夫」
そう思いたいがために、
間違った物語にしがみつく。
この防衛の強さは、論理を簡単に上書きするほど強力です。
―――――――――――――――――
■ ② 群れが“異質を排除しようとするクセ”を、物語にしてしまう
いじめられる側の行動や性格が
本質的な原因ではないにもかかわらず、
群れはどうしても「異質性」を理由にしがちです。
人間の脳は、進化の過程で
群れの同質性=安全
と学習してきました。
そのため、
・目立つ人
・目立たない人
・空気を読まない人
・ちょっと変わった言動
・文化や価値観の違い
こうした“違い”に対して、群れは過敏に反応するようになっています。
本来はただの個性でしかないものを、群れの脳は「リスク」と解釈してしまう。
そして、その誤作動を
“理由探しの物語”に変換する。
「〇〇だから、狙われたのだ」
という虚構がここで生まれる。
これは被害者の責任ではなく、
群れの古い本能が勝手に動いているだけです。
―――――――――――――――――
■ ③ 大人の世界の“面倒を避ける構造”が、虚構を維持する
もうひとつ、もっと現実的な理由があります。
学校でも、職場でも、家庭でも、
いじめ(ハラスメント)の問題は、見ようとすると面倒が発生する。
責任の所在が揺れる。
組織の圧力が動く。
誰かが矢面に立つ必要が出る。
その結果、
「双方に問題がある」
「ちょっとしたケンカ」
「当事者同士のコミュニケーション不足」
といった“角の立たない説明”が登場します。
しかし、これらの言葉が本質的に正しいことはほとんどありません。
ただの責任のぼかしです。
そして、この“ぼかし”が
「いじめられる側に理由がある」という言説を
温存する役割を果たしてしまう。
これは、
“空気の安定が優先される日本社会”で特に強い傾向です。
―――――――――――――――――
■ ④ 誤った言説が生まれる“3つの構造”
ここまでを整理すると、
次の3つが重なって、虚構が生まれます。
1)世界を公平に見たい心理(公正世界仮説)
2)群れの脳が異質性に反応し、理由を作りたがる
3)大人の世界の責任ぼかしが、物語を固定化する
これらはすべて“構造”であり、
個人の悪意ではありません。
だからこそ、
誤った言説は根強く残り続ける。
そして、この虚構が存在する限り、
いじめの本質は見えなくなる。
ここが、まず分解すべき最初のポイントです。
―――――――――――――――――
■ 次回:いじめ(ハラスメント)はなぜなくならないのか
誤った言説がどんな構造で生まれるのかを理解すると、
次の問いが自然に立ち上がります。
では、なぜいじめはなくならないのか?
なぜ教育や道徳や制度だけでは止まらないのか?
第3回では、
いじめを生む“群れの誤作動そのもの”に焦点を当てます。
均質性圧力、スケープゴート、責任分散、
そして群れの不安がどのように個人に集中するのか。
いじめという現象が
“あまりにも人間的で、あまりにも古い構造”である理由を
丁寧に掘り下げていきます。
そして、最後にひとつだけ。
あなた自身も、無意識に“世界は公平だ”と思い込んでしまった経験はありませんか?
「異質だ」と感じた相手に、理由を探してしまった瞬間はありませんか?
その気づきこそが、次につながる大事な一歩です。
noteにいろいろな記事を書いています。行動経済学やアドラー心理学などをベースとして、Re: Traderなりの視点、切り口でさまざまなことを読み解いています。ぜひ読んでみてください。
